【淀みないボカシを生む、求道者の苦悩】
教えられた都内の住所に向かうと、そこには一階に呑み屋の入った小さな居住ビルがあった。エントランスの郵便受けを確認するが、そこに目当ての名はない。明滅する蛍光灯を頼りに狭く薄暗い階段を四階まで上がり、指定された部屋の前に辿り着くも、そこにもまた表札や看板などここが彫り場であることを示すものは何も見当たらない。刺青が禁制とされていた大正から昭和の初め頃を彷彿とさせる隠匿ぶりだ。
室内もまた同様。黄色灯の照らす六畳一間の土壁の和室には縁起物や刺青関連の骨董が所狭しと並べられ、まるで数十年前にタイムスリップしたかのような錯覚にさえ陥る。この部屋の主は彫桃氏。仕事場の雰囲気とは一転して、二言三言交わしただけで“頑固”というよりも“柔軟”であることが窺い知れる好人物だ。けれどその奥には確たる芯の強さも感じられる。
彫り場ではスピーカーから流れるジャズやブルースをBGMに「チャッチャッチャッ……」と手彫り特有の肌を弾く音が響く。彫桃氏曰く「修行時代に学んだのが手彫りで、これまでシェーダーは一度も手にしたことはない」のだ。ほとんど針目のない美しい墨ボカシの妙技を見ると、マシンを試してみる必要性を感じてこなかったのだろうと納得させられる。用いるのは専ら奈良墨と粉顔料で、所謂タトゥーインクは手彫りでは肌に入り過ぎてしまうため使うことはない。
一方、スジ彫りにはマシンを用いる。刺青を志してより初めの7年はスジも全て手彫りで行なっていたが、自らの作風が進化していく中で、筆のような“とめ”や“払い”を描き出すのに限界を感じたのだと言う。こうした書道の筆運びを永字八法というが、その表現を追求したラインワークの多彩さが躍動感を生み、見る者がそれと気付かずとも自ずと力強さを演出している。
彫桃氏の刺青は大正から昭和初期のそれを思わせる味わいだが、単なる懐古主義とは一線を画す。墨と朱に限ることなく、絵にリズムを与えるかのように要所に配された斬新な色に目が止まる。また着物の柄などのディテールが細緻に描き込まれている点も、かの時代の刺青からのリファインが見て取れる。ノスタルジーにしがみ付いた旧態然としたそれではなく、今という時代を生きる刺青なのである。
そこに輪を掛けて彫桃氏の刺青を無二のものとしている要素として、先にも触れたがやはり均一で滑らかな墨ボカシが挙げられる。固形の墨を磨る際、今や専用の自動磨り機を使うことが主流となっているが、氏は時間と手間を掛けても手磨りにこだわっている。硯の違いから機械磨りではどうしても墨の粒子が粗くなることは避けられず、それがボカシのムラに繋がってしまうのだ。
Another element that makes Horimomo’s irezumi unique, is his smooth sumi-bokashi (black and grey shading). Nowadays, automatic grinding machines are common to produce ink but he insists on grinding it by hand daily, even though this process takes much more time. This is because that it’s impossible to create the fine coarseness of the particles in the ink with an automatic grinder. This would lead to uneven bokashi.
そうまでして追求する墨ボカシには一見して分かる華やかさはないかもしれないが、通好みの美しさが顕れている。国の内外を問わず、けして少なくない数の彫り師やタトゥーアーティストが彫桃氏の手彫りを所望することからも、氏の技巧が如何に優れているかは明らかだろう。
満足や妥協をすれば、人はそこで歩みを止めてしまう。進化の道を閉ざせば後は朽ちるより他になく、そこに人を魅了する光が宿ることはない。彫桃氏の悩みや苦しみは裏を返せば弛まぬ向上心の表れであり、前進を続けんとする強い意志だ。だからこそ氏の刺青は溌剌とした生命力に溢れ、人を惹き付けてやまない光を放つのである。
If ever we become complacent or compromise, our progression will stop. If the path of evolution is closed, there will be nothing but decay and there will be no light to attract people. Horimomo’s worries and pains are expressions of his unceasing ambition and strong will to keep moving forward. It is for this reason that his irezumi are full of vigor and vitality, and emit light that attracts people far and wide.
HORIMOMO
住所: 東京都内某所
営業時間: 13:00〜21:00
Address: Certain location in Tokyo
Business hour: 13:00〜21:00